ラミニン-5の構造、機能およびがん転移における役割


 ラミニン、フィブロネクチン、コラーゲンなどのECM蛋白質は細胞を接着・固定する、一種の生体接着剤であり、組織の構築に重要な役割を果たしている。最近、多くのECM蛋白質は単なる接着剤でなく、インテグリンなどの細胞表面受容体を介して細胞の増殖、接着、運動、分化、細胞死などを調節することが明らかになってきた。これらのうち、ラミニン5(以下LN5)はラミニンα3A、β3及びγ2鎖からなるヘテロ三量体分子で、表皮細胞、胃癌、扁平上皮癌細胞などにおいて恒常的に発現する。LN5は皮膚機能の維持に必須の蛋白質で、その遺伝子異常は致死性の表皮剥離性水疱症を招く。私たちは1993年、この蛋白質をヒト胃癌細胞が分泌する細胞分散因子ラドシンとして見出すとともに、LN5が主としてインテグリンα3β1を介して細胞の接着や運動を極めて強く促進するユニークなECM蛋白質であることを明らかにしてきた(図4,5,6)(PNAS, 2003; JB, 1994)。また、多数の組換LN5変異体を作製し、細胞接着活性や細胞運動促進活性に必須の重要な領域を明らかにした(JBC, 2000; JB, 2002)。最近、その実体が全く不明であったラミニン6(LN6;α3/β3/γ2)(JBC, 2002)およびラミニン5B(LN5B;α3B/β3/γ2)(JBC, 2004)を遺伝子組換え体として初めて単離し、その性質を明らかにした(図7)。LN5BはLN5よりもさらに強く細胞の接着と運動を促進し、さらに細胞増殖を促進する。殆どのECM蛋白質は巨大で調製が困難であり、詳細な機能解析が行われていない。私たちはLN5、LN5B、LN6を大量発現させ、簡便に精製する方法を確立した。現在これらの蛋白質の細胞培養補助試薬や再生医療への応用を検討している。一方癌との関係では、LN5が癌の増殖を促進すること、LN5のγ2鎖が浸潤部位の癌細胞で特異的に発現し、癌の浸潤に重要な蛋白質であること(図8)(Cancer Res., 1999)、LN5の細胞運動促進活性がプロセシングにより調節されていること(J.Cell.Biochem., 2004; JBC, 2005)、などを示した。現在LN5による細胞運動の調節機構や、癌の増殖・浸潤・転移におけるその作用をさらに詳細に調べている。

 図4.ラミニン5上での細胞移動モデル。
    細胞の基質(足場)であるラミニン5は膜上のインテグリンに結合し、
    細胞骨格形成を制御して細胞の形態、接着、運動を調節する。
    また、インテグリンからのシグナルは遺伝子発現を調節して細胞の増殖、
    分化、アポトーシスを調節する。    

 

 

 図5.ラミニン5の構造と機能
  ラミニン5はα3、β3およびγ2鎖からなる分子量約45万のタンパク質である。
  当部門ではα3鎖とγ2鎖のプロテアーゼによるプロセシング部位(左図、矢じり)
  を決定するとともに、この分子が強い細胞接着活性と細胞運動促進活性を発現する
  ための重要な部位がα3鎖のG2およびG3ドメインに存在することを明らかにした
  (左図、矢印)。右はヒト膀胱がん細胞の走査型電子顕微鏡写真。
  このがん細胞は通常のシャーレの上では餅のような形をして静止するが
  (右上、x3000)、ラミニン5をコートしたシャーレの上では非常に扁平になり、
  かつ活発に運動するようになる(右下、x2500)。

               

       

 図6.ラミニン5上で移動するヒト膀胱がん細胞の走査型電子顕微鏡写真。

    

 図7.ラミニン5、5Bおよび6の構造
  
ラミニンはα、β、γの3つのサブユニットからなる、十字架上の巨大蛋白質で、異なるサブユニットの組み合わせで少なくとも16種  類が知られている。この内、ラミニン5はα3、β3、γ2鎖からなる。通常のラミニンは短腕(N末端領域)が長い長鎖型サブユニット  からなるが、ラミニン5のα3、β3、γ2鎖はいずれも短鎖型である。しかし、ラミニン5Bは長鎖のα3B、ラミニン6は長鎖のβ1、  γ1鎖をもつ。β3あるいはγ2をもつラミニンはラミニン5/5B以外に知られていない。私たちはα3鎖C末端領域のG3ドメインが主  要なインテグリン結合部位であることを明らかにした。

 

         

                  

 図8.ラミニン5のγ2鎖の胃がん浸潤部位での発現(文献n)。
  浸潤先進部位のがん細胞のみがγ2鎖を強く産生する(矢印の褐色に染色された細胞)。
  Tはがん細胞。